静岡地方裁判所浜松支部 昭和43年(ワ)435号 判決 1969年9月08日
主文
被告等は各自原告高田ハルに対し金二一一万一、六〇〇円、原告高田要平に対し金一二二万三、二〇〇円及びこれらに対する昭和四三年八月二五日以降完済に至るまで各年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告等の連帯負担とする。
本判決は仮に執行することができる。
事実
原告等訴訟代理人は主文同旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求原因として
一、(交通事故の状況)
被告佐々木は被告会社が保有する営業用貨物自動車日産ヂーゼル登録番号一う三六七五号を運転して被告会社の運送業務に従事中、昭和四三年八月二五日午前一〇時頃静岡県引佐郡細江町中川六〇〇九番地先県道上において不注意により運転操作を誤り、おりから同所を同一方向へ歩行中の高田兼市(五〇歳)の後方から同車を同人へ衝突させ、よつて死亡させた。
二、(被害者の家庭)
右被害者方は被害者とその妻である原告ハル(四六歳)、長男である原告要平(一九歳)及び被害者の実妹高田つね(三九歳)が同居し、被害者は農地二、三反位を所有して長年農業を営み原告要平は中学卒業後工員として工場へ勤務し、現在月給一万五〇〇〇円位を得ており、高田つねは病院の臨時の賄婦として働くなどして生計を維持してきた。
ことに原告ハルは昭和三七年五月に脳卒中に罹患して以来右半身不随となり、病臥し時に意識消失、視力消失、失禁を伴うけいれん発作を惹起し日常の生活に介助を必要とする常況にあり被害者及び高田つねの看護をうけていた。
遺産として前述の僅かの農地のほかには、原告ハルの長年の病状に伴う出費もあつて、残された貯蓄等は全くなく、被害者死亡後の一家の生計は直ちに困窮し、将来もその見通しのたたない状態にある。
病中の原告ハル、若年の原告要平が一家の柱と頼む被害者を失つて蒙つた精神的苦痛、不安、打撃はまことに甚大である。
三、(損害賠償請求額)
(一) 逸失利益
被害者は農家として米、野菜類を生産販売するほか茶、生花果物等を売りあるき一ケ月金三万円、年間金三六万円を下らない収入を得ていた。
被害者の将来の就労可能年数を一三年とし、生活費として四割を差引き、ホフマン式計算により求めた逸失利益の現在額は金一六八万四八〇〇円である。(原告ハルの取得分金五六万一六〇〇円、原告要平の取得分金一一二万三二〇〇円)
(二) 葬儀料
社会通念による最低費として少くとも金一五万円を費した。(原告ハルの取得分金五万円、原告要平の取得分金一〇万円)
(三) 被害者自身の慰藉料
被害者には全く過失なく、加害者側の一方的重大な不注意により発生した事故であること、加害者側に示談交渉の誠意のないこと、病中の妻及び弱年の長男を残し先立つた被害者の心残り等を考慮した場合金一五〇万円が相当である。(原告ハルの取得分金五〇万円、原告要平の取得分金一〇〇万円)
(四) 原告ハルの慰藉料
前記家庭事情及び諸事情を斟酌した場合金二〇〇万円が相当である。
(五) 原告要平の慰藉料
同様に金一〇〇万円が相当である。
四、前項の(一)ないし(三)の請求額については、原告ハルがその各三分の一を、原告要平がその各三分の二の請求権をそれぞれ相続取得した。よつて原告ハルの請求額合計は金三一一万一六〇〇円原告要平の請求額合計は金三二二万三二〇〇円となるが、既に強制賠償保険金三〇〇万円を受領したので原告ハルから金一〇〇万円、原告要平から金二〇〇万円を差引いた残額が本訴における請求額である。
よつて被告等は連帯して原告ハルに対し金二一一万一六〇〇円原告要平に対し金一二二万三二〇〇円及びこれに対する本件事故の当日である昭和四三年八月二五日以降完済に至るまで法定の年五分の割合による損害金を併せ支払うべき義務があるのでここに本訴に及んだ。」とのべた。〔証拠関係略〕
被告等訴訟代理人は、請求棄却の判決を求め、答弁として
一、請求原因第一項中、原告主張の日時場所において被告会社の保有する自動車と亡高田が衝突した事実、高田が死亡した事実は認めるが、衝突の態様は争う。
二、第二項は不知。
三、第三項は争う。
被害者亡高田兼市の損害について
(一) 亡高田兼市は、妻高田ハルが病で倒れ、息子高田要平が勤務して収入を得るまでの間、生活保護を受けていた事実は原告及び原告の親族の証言で明らかであり原告主張のごとく亡高田兼市の収入が一ケ月三万円もあれば到底生活保護は受けられない。
とすれば、一ケ月三万円の逸失利益の計算の根拠は全く虚偽であり、亡高田兼市の死亡は、遺族の経済的生活自体に与える影響は殆んどなかったといえる。
なお被害者の実妹高田つね(三九歳)は、原告ハルの看病と被害者がたの生活を支えんがために、事故前より勤務して家事一切をみ、婚期をおくらせていたのであつて、右の事実も被害者高田兼市の経済能力のなさを立証している。
(二) 甲第七号証について、清水区農会部長白柳富の署名捺印あるも、右農会の役員は原告の親族にあたり、その真実性は信憑性を欠くばかりか、甲第五号証によれば、事故前である昭和四三年五月、被害者は田九四八平方米を中村信夫に売却したというのであるから、甲七号証にいう「自作田一九畝〇三歩」は事故直前には存在せず、事故前の田は九四六・二一平方米(一、八九四・二一平方米より九四八平方米を減じたもの)一反にも満たないことになる。
たとえ、所得二二万円としても、右のごとく田の減じた状況における売上所得は一八万円。経費は通常一割ということはありえず、最少限三割とみつもつても七万四千円となる。とすれば年間所得は一〇万六千円とみるのが妥当であり、一ケ月一万円の生活費を控除すれば逸失利益はむしろマイナスになるのであつて、被害者が自作田を一反九畝所有していた時にすら生活保護を受けていたことを立証する。
(三) なお、被害者は原告ハルの看病をしていたというが、原告の看病及び原告ハルのなすべき家事一切は、被害者の妹がしていたことは、証言上も明らかであり、そのために婚期を逸したことは明らかである。事故後婚期を逸した旨の証言は三九歳という被害者の妹の年令を考慮すれば、事故が直接原因とは、常識上考えられないのであつて、被害者の妹が被害者の家計を支えていた要因であることは明らかである。
(四) また、被害者は「戦争ボケ」と近隣の風評あり、夢遊病者的気質があつて、田畑の耕作も被害者の妹及び原告要平が手伝つており経済能力は殆んどなかつたといつてよい。
慰藉料について
原告等はすでに自賠保険より金三〇〇万円を受領しているので慰藉料はそれにてつきるといつてさしつかえない。
葬儀料
葬儀料金一五万円は、すでに被告方において支払ずみであることは明らかである。」
とのべ、
抗弁として、
一、本件事故の発生については、被害者にも大きな過失あり、相当額の過失額の過失相殺がなされるべきである。
二、事故発生現場は、トラツクその他がしげく通行する道路でありかつ、その様な道路であるのを十二分に承知している被害者は道路中央部分を左より右に斜めに進行せんとしておりそれを見た被告佐々木が左側にハンドルを切つたところ、被害者が左によつたため、右側にハンドルを切つてさけようとしたところ、急に右へ駈け出したため、被害者をハネ、自らも谷底に落下したものである。従つて本件事故は被害者が通行規則を守つて右側を進行しているか、左側に寄つて立ち止り右側にかけ出したりしなければさけられた事故である。甲第六号証の一五及び二一の山下武の司法警察員に対する供述調書、同人の公判廷の供述調書における被害者の目撃状況は大型トラツク(しかも材木を満載)の後に随行していたので当然に視界の制限あり、かつ事故の直前を目撃したのであつて被害者のそれ以前の状況は明らかでない。
三、被害者は精神病の風評あり、しかも、いつもフラフラしているといわれており、かつ、運転助手もその走りぶりを一致して奇異に感じている。
四、被告佐々木は運転助手の永田、疋田に対して気をつけて運転するように話し、自らも安全運転に心がけ注意をしていた。
六度近い急配で急ブレーキをかけたら、十二トンの積載のトラツクはそのまゝスリツプして転倒する危険もあり、カーブを切つて五二メートルの距離で発生したことも状況に入れられてしかるべきである。決して被告佐々木の暴走ではない。」とのべた。〔証拠関係略〕
理由
〔証拠略〕によれば本件事故の原因は、被告佐々木清光が一二トンの重量ある木材を積載した大型貨物自動車を運転して、左カーブして見通しのきかない急勾配の下り坂で、かつ降雨中で路面がぬれてスリツプしやすいのに、徐行もせず、また確実なハンドル操作を行なわなかつたがために、ハンドルをとられ自車を右前方に暴走させ道路右端に避譲中の亡高田兼市に激突させたものであることが明らかであり、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。次に歩行者であった亡高田兼市については、被告等主張のような過失の事実は認めることができず、〔証拠略〕中訴外人亡高田兼市が被告佐々木の運転する車の直前の道路中央附近で不安定な行動をとつた趣旨の部分は措信し難く他に同訴外人の過失事実を認めるに足りる証拠はない。
而して右事故によつて生じた訴外亡高田兼市の損害、同じく原告等自身の、乃至は相続した損害が原告等主張の通りであることは、〔証拠略〕を綜合すればこれを認めることができ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
よつて原告等の請求は全部正当としてこれを認容し、被告等の抗弁は失当としてこれを排斥し、民事訴訟法第八九条第九三条第一項但書、第一九六条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 植村秀三)